間の悪い葬式の失敗

間の悪い葬式の失敗とは!?

人生で初めて葬儀という儀式に参加したのは親類の逝去によってでした。

 

それまでは遠い、他人事に過ぎないものが改めて自分に降りかかる事象として遭遇した時、
決意も知識も、そして覚悟も無かった自分の姿に恥じ入ったことを思い出します。

 

病状の急変を電話で知らされた時、急いで駆け付けたのですが結局は間に合わず、
小説やテレビでおなじみのような別れの場面は臨めませんでした。

 

寝台車で病院から自宅へ戻る際に後を追った車の道程がいつもより
長く感じられたのは気落ちしていたせいもあったのでしょう。

 

沸き起こってくるのは後悔の連続でした。

 

ああすれば良かった。

 

こう言えば…。その連続です。ですが、もう間に合わないのです。

 

直接言葉を交わせる機会はもう永遠に無いのだ…。そう思いながら、
流れる涙を拭きながらハンドルを握り続けました。

 

通夜と葬儀は別の式場で行うこととなり、同居している家族を家に
残して一旦私は自宅へ戻ることになりました。

 

その時、喪服等を持ってくるように頼まれたのですが、こういう物の
知識がまるでない上に、自分の身の回りの物以外は全く無頓着な私は
どこに何が置かれているのかを全く知らず、枕元で悲しみの涙に暮れている家族に
電話するのは気が引け、必死に探し続けました。

 

なんとか喪服と用品は見つけることが出来たのですが寺社巡りの時に
身に着けている数珠がどうしても見つかりませんでした。

 

約束の時間が迫り、仕方なく来た道を戻り、通夜に参列することが
出来ました。

 

数珠は信心深い親類の予備の物を借りることが出来て問題は
解決しましたが、この失態は忘れることが今もできません。

 

結局、家の数珠は仏壇の引き出しに入っていたのですが、
間の悪い出来事の教訓としてずっと胸に抱きくことを決意しました。

 

そして、葬儀に関する情報などをご覧になりたいと
思っている方は、コチラの小さなお葬式のクレーム
ご覧くださいね。

 

 

祖母の葬儀

 

田舎に住んでいたため田舎の葬儀屋さんに頼むのですが
空きがなく2日間一緒に過ごしたため、祖母が他界してから
2日後のお葬式でした。

 

亡くなってからすぐ葬儀屋さんが家に来てお葬式当日のお話や
祭壇の話、骨壺などに追われて悲しんでいる暇もなく当日を迎えました。

 

私達孫が選ばせてもらったなは骨壺のデザインとメッセージ。

 

祖母の好きな色のお花柄にして、子供のころから私達孫に
合言葉のように言ったくれた愛の言葉を入れました。

 

また、お葬式前日は葬儀場に祖父と母と3人で泊まりました。

 

本当に最後の夜です。
祖父と母が寝ている間、祖母と二人での心で会話をしました。

 

今までの親不孝をし母と祖母を悲しませた事への謝罪、最後に
行った温泉の楽しかった思い出、浴衣の着付けを教えてくれた日や
年越し準備を教えてくれたときのこと、まるで寿命がわかっていたのかな。

 

宿泊させてくれる葬儀場に感謝です。

 

朝ごはんもあり、大きなお風呂もあって快適に過ごしました。

 

また、祖母の病気がわかってから祖父と私は喧嘩続きで
関係も悪くなっていました。

 

しかし、一緒に宿泊し祖父の悲しんでいる姿を見、静かな場所で
祖母の思い出話をし昔の関係に戻れました。

 

お葬式当日、母と私は着物です。私の礼服は祖母からの
プレゼントです。初めて着るのが祖母のお葬式でした。

 

私は祖母のお葬式で満足だと感じたのはお葬式前日の
宿泊施設が充実していることです。

 

不満だと感じたのは祖母は今まで家でお葬式や法事を行っていました。

 

だから、祖母は家でお葬式をしたかったのではないかな?と、思ったことでした。